車が見えない。いや違う、見ていないんだ。後編 


(記事が分かれた関係もあり昨日の分を一部書き直しました。ごめんなさい)

後編では、道路構造改革で直して行くべき3要素の1つ、「道路利用者の意識と行動」に注目します。

加齢に伴って視野角が狭くなったことは、事故の第一要因ではありません。高齢化すると視野角は120度ほどに狭まってしまうということですが、たとえ見にくくなっても、もともと見る気があれば十分に見ることができるからです。

本質を見るためには、もっとさかのぼって、日本人に多くみられる問題に注目しなくてはなりません。その問題とは、前にも書いたように見えない(見えにくい)と見ない、見ようとしないことです。


これを、英語で言う 見える“see” か 見る“look (at)”か、という違いと、高齢化という変化の要素を加えて分析すると次の図式が見えてきます。


若いときから積極的に見ようとしていなかったが、見えていた。
 (見えていた“see”であって、見ていた“look”ではない)
            ↓
高齢化で見にくくなった。
 (視野角が狭くなって見えなくなった、自然に“see”すらできなくなった)

 (見なくなったのではなくて、もともと積極的に見ようとしていないことは変わらない)


高齢者に対して、よく見るように指導するときに意識すべきことは、その対象とする人たちの大部分は、そもそも、よく見ようとしていない人たちなので、まずは「よく見よう」という動機付けと、「見えにくくなっているからさらによく見よう」という、二重の意味で良く確認するように指導しなくてはならないということです。



昨日の分とあわせて、道路構造改革で直して行くべき3要素のうちの2つ、規則関係と意識関係について書きましたが、もう一つの要素、構造について、高齢者が信号のない横断歩道での横断中に事故に遭わなくするためにすべきことは、じきにmichinaoshi.netの方で書きます。


最後にもう一つ。
交通教室の映像で警察官が良い指導をしていたので、ここでも紹介しておきます。
お年寄りが買い物カートを押して横断する時に、左右の確認は片手をハンドルから放してするとよい、ということです。こうすると上半身が少し自由になり、左右に振りやすくなって、確認がしやすくなるからです。ぜひ身近な方にも教えてあげてください。